飲み干す遺書

起動せぬ real lpc の荒野にスズメが止まっている

スズメは何かに気づき胸を反らせながら激しく鳴いたかと思うと
曲線を描いて宙を舞った

音響は地べたにへばりついた君の胸元へ届き
目で追うスズメの群れが遥か遠方に消えていくのが分かる

空の彼方から遠雷
私の影はどこにもない
私のままではいられない私の
服を静かに脱がすあなたの手
real lpc の轟音と混ざる雷
荒野に置いてきぼりにされた君は

死ぬのが怖いのか
死ぬのが怖いのか

今あるがままの姿で

雷が落ち、コンパスはクルクルと方向を失う

死を悟る前に
ビスケットを口いっぱいに頬張る

口で転がされたビスケットは
男の口に移される
目に見えて明らかになるのは



が同じ人物であるという事実

男は俯瞰している
時に冷たく時に温かく
愛と呼ばれる情動を手にぶら下げて

2 人の歯はぼろぼろと抜け
空から降ってきた雪が
青白い唇を潤す
積もってもすぐに消える淡雪
女は簡単な遺書をしたためた

かつて君あるいは私と呼ばれた女は
荒地の先を見据え
雪が溶けていく白い素肌を
露わにしたまま唇を男に向ける
男は液状になっていく遺書を
飲み干していく

そばで聴こえるのは
real lpc ギターの音

小春日和
2 匹のスズメが
一匹の虫を啄んでいる
男と女の姿は
離れ行き
スズメの羽根が落ちるは
楽園

※ 「real lpc」とはDTMなどで使うギター音源のこと。

季節外れの人事異動

コーヒーのこぼれた染みは
暗号を解く鍵にはならない
ここから見渡せるもの全てに
名前を書いておけばよかった

私の異常な心理とは裏腹に
空にはぽっかりと
雲が浮かんでいる
娘の書いた雲のよう

かと思えば
あっという間に
沸き起こる
冬の入道雲
2匹の鳥は羽ばたかずに
すっと落ちるように
雲を突き抜ける

あああ雨だ
私の指先に
咲いた一輪の花
咲いた途端に
散ってしまった

カイコウズの木の下で
上司の言葉を反芻する
妻にほのめかした
要らぬ勲章

飛び出して砕け散る夢
ほとんどの破片が
水たまりに
音をたてずに浮いて沈む
僅かに舞い上がった破片が
誰かの記憶に
刻まれる 薄い赤

曖昧で醒めた海の碧
さざ波が冬の陽を
静かに反射している

赤いタンバリン

ベッドの脇におかれていた
おもちゃの赤いタンバリン
カシャ…と手に取り
鳴らしたきみの揺れる髪
何度も聞いたことのある旋律

きみと読み合わせていた本は
175ページまで読み終わったところで
お互い「子供の頃の話」になった

キャンドルホルダー
小さな光の粒が
僕たちの本の表紙を
頼りなく照らしている

ふわりと香る シトラスの香り
瓶につめて 楽しむことも
忘れるほどに響く無邪気な声



「真実の生活をしてみたいね」
それは、生きてるってことを
2人きりで楽しんでいる生活

おもちゃの赤いタンバリン
カシャ…とベッドの脇において
「…嫌なら捨ててもいいよ」
ときみは言う

何度も聞いた溜め息混じりの言葉
長く伸びた髪がきみの横顔を隠した

僕はきみの髪を解くように撫でる
何度も何度も撫でながら
心の中で思っていた

せっかちなきみは
いつも強引に結論づけるけど
ほんの少し夢を見たいのだ

遠慮なく押し寄せる現実に
随分遠いところまで
流されたような気持ちだったから



「続き、読んでもいい?」
きみは伏せられた本を再び開き
176ページを朗読し始めた

カセットテープ

桜咲く正門を過ぎて
この校庭を見渡すと
あちこちから
きみの息づかいが
聴こえてくる

そして
あの曲が聴こえてくる

全力で走り抜けた
トラックには
力強い足跡
ひらひらとたなびく
ハチマキ

昼休み
バスケットコートで
きみの真剣な眼差しを
この木陰から眺めていた
シュートを決めた後の
振り返った時の笑顔
きらきらと光る汗

私たちは違いすぎていたし
見ているだけでよかった

帰り道、音楽を聴きながら
歩く私に
きみは突然話しかけてきた

それから私たちは音楽だけで
繋がっていた
それ以外に話せることがなかったし
音楽の話だけで楽しかった

お互いに好きな曲をふきこんだ
カセットテープ交換して
語り合った放課後

きみからもらった
ライチャス・ブラザーズの
カセットテープ
丁寧に書かれたタイトルを
指でたどる






制服のリボンに
ひらひら花びらひとつ
舞い落ちる

何も伝えられなかったのではなく
なくしたくなかっただけ
今もここにあるきみの音楽
私の中で生きている

無題

きみの感情を覗いてみた
いつもは聞き上手で
自らを語らないきみの

それは既に砕け散り
かけらは海の底に
突き刺さっていた

苦しみ?痛み?
取り除く薬はあるのに
なんで飲もうとしないんだよ

この苦しみから
解放されたいけど
そうしたらまた
生きていかなきゃならないんだ

からしばらくは
砕け散ったままで
いさせてください

きみは自分のことを
話さない

感情の無い声

孤独な日の夜
誰かに助けてほしいのに
ピシャッと
閉まる私のシャッター

「活気溢れるお店に
人は集まるものです
悲しそうなオーナーのお店には
誰も来てくれません」

そう思い込んでいるから
声に感情を表さない
癖がついた

そうか、と笑って空を見ると
重たそうな低い曇り空が
少し茜色に染まっている

人も音楽もスマホもないところで

からっぽになりたい

この町には活火山があり
灰を降らせる日もある

こんな顔で家に帰っても
「目に灰が入って…」
なんて理由もリアルに通じる

助手席には夕食の材料があって
みんな待っているけど
もう少しこのままで居させてね
ちゃんとおうちに帰るからね